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ここでもツイッターでもちょこちょこ登場させてたおじいちゃんですが、
一月十八日 享年78 おばあちゃんのいる天国へ召されました。
実はおばあちゃんもずっと前に亡くなっていたんですけど、
おばあちゃんが死んだのは、たしかこの二日後?か三日後?の日にちらしす。
しかも不思議なことに、母が「いもけんぴの受験日と重なりませんように」とか必死で祈ってたら
「先か後かどっちがええんや?」ってばあちゃんの声がしたらしく(ママンは霊感最強)、
「うーん・・・どっちもどっちやけど、じいちゃんが苦しいんやったら先かな・・・」
っていったらほんとに先に亡くなりました・・・ww
まさにばあちゃんが連れて行ったカンジ ^ω^
仲悪かったらしいので、いまごろ二人とも天国で喧嘩三昧なのかしら・・・? 笑
じいちゃん入院してるあいだも目が合ったらずっとニコーーーッてしてくれて、
しんどくても私たちが帰るときは絶対手ふってくれてたので、
なんか逆に「泣いちゃいけない」とおもってずっとガマンしてたんですけど、
さすがに告別式でお花添えるときは泣きました・・・ (´;ω;`)
でもなんか最初は、「目の前に居るのは自分のおじいちゃんだ」って表では分かってるんだけど、
理解はしてるんだけど内心は「コノ人ダレ?」ってなってたんで、泣く気配すらなかったです。
二日目(お通夜)の夜あたりでやっと「ああ・・・あのじいちゃんが死んだんだ」ってなりました・・・
誰も死に目にあえなかったらしくて、一番最初に病院にきた兄(いとこ)が着くちょっと前に
息をひきとったみたいです。 夜に爪をきっちまったからだろうか・・・ごめんねじいちゃん;;;
でもすっげー死に顔が綺麗で、全然苦しんでなくて眠ってるみたいだったので、
それがせめてもの救いかなーと ^▽^ あっちでもお元気で!
ところで、おばあちゃんのお葬式を体験したとはいえ、
それってわたしがすごい小さい頃だったんで全然覚えてなかったんです。
ってことで今回が記憶上初なカンジの葬式でした。
一番びっくりしたのはやっぱ火葬でした。
私の火葬のイメージはこう、なんか運動場みたいなところ(外)で燃やして、
で、なんか漫画とか読んでたら煙あがってて遺族が煙見ながら「いってらっしゃーい」的なこと
やってたんで、そういうのかなとか思ってたらちげーじゃん。漫画ウソまみれじゃん。
まず燃やしてるとこ見えないじゃないか。私見えると思ってすごい怖かったんだけど・・・ヨカタ;;;
アッ でも昔は見えてたらしいですね!おばあちゃんの葬式のときは
「では今から火葬いたします。合掌」つって燃やされるの丸見えらしかったです。
しかも「ボッ」て燃える音がしたらしい。やだやだやだこわいこわいこわい;;;;
でも全然ちがった。
合掌して、なんか・・・レールの上にのったじいちゃんの棺が静かに火葬場?に入ってって、
んで一回葬儀場に帰ってお昼たべて(お昼まじウマー)、またバスで火葬場いって、
ロビーでまってたらデジタルなんちゃらの番号が光ったんでまた燃やされた場所いって、
じいちゃん骨となってでてきた。レールにのってガーって。わ、分かりにくくてごめんなさい;;;
なんか火葬場って一番ショックな場面だと思うんで一番泣くのかなーとか思ってたら、
なんかもうじいちゃんが変わり果てすぎて誰もそんなに泣かなかった気がする・・・
むしろ係りの人が「これが肋骨でして、これを組み合わせると・・・」みたいにすごい詳しかったんで、
みなさん「おおーっ・・・」ってカンジでした。
あとお骨上げのときの「骨落とすな」プレッシャーがすごかったんで泣いてる場合じゃなかったです。
まああとは途中二日目あたりに線香の番するために母といとこの姉とで起きて、
一階にいるじいちゃんの祭壇の前でじいちゃんと飲んだり食べたりして、
無事三日間を終えました。
どっと疲れた・・・・弟はこのあと疲れから熱をだしてちょっと大変なう。
あとは3月6日の・・・・四十九日ってやつ?でもっかいじいちゃんと会うかなんかかね?
そ、それまでには高校決まってるんでががががんばりたいとおもおもおも・・・・・
じいちゃん死んでから親戚さんがたの「受験プレッシャー」なるものがハンパないです;;;
「いや、受かるって絶対」みたいなことは兄さんにいわれたんですが・・・・ちょ・・・
それってもっとプレッシャーかけられたってことでおk????????
でも受からないと・・・・ブログやツイッターでなんて言うんだよ・・・
とりあえずまあ頑張ります!じいちゃん応援してね・・・!(`;ω;´)ギンッ